考えること、教えること

歳を取るにつれて、自然と経験、知識が付く。事態がわかると落ち着いてくる。状況がわからなければ焦る。今自分がすることはこれで良いのか、間違っていないか、どうする方が正しいのか、他の人はどうしているのか。質問することに慣れていない、質問する相手すら居ない場合は、何もせず、ただ無難そうなやり方を続ける。それで何事もなく続けられている場合、それで良いのだと安心して続ける。聞かなくても平気だったのだ、と安心して続ける。

経験と知識はそれなりに確固たるものだけど、力ではない。経験と知識がなくても強い人を見て嫉妬しても、経験と知識を力として振りかざしたりしないこと。抑え付けたりしないこと。

わかってないね。視野を広く持ったほうが良いよ。もっと世界を広く。 と言う。それは思考の放棄。自動的。条件反射。正しい考え方なんてものは何の役にも立たない。歳を取ると思考が衰えるのではなくて、正しい答えを知ってしまったために問題を考えることを辞めてしまう。質問への答えは「その内わかるよ」

悩み、疑問、持ち続けることは苦しい。でも必要。捨てない。もっと苦しむ。まだ平気。辛くなったら一旦捨てる。というか置く。もっと上手くなりたいは、苦しい辛いから必要ないと思ってた。

辛さを背負いながら生きることは間違った答え?もっと楽に生きて良いんだよ。うん、そうだね。それが正しい答え?や、そうだね。間違ってる、正しい、なんてないね。自分は間違っている、生きているに値しない、と思い苦しみながらでも、自分は生きてて良いんだ、自分は自分なんだもの、と思いながらすっきり生きても、お好きなように。

自分の楽なように生きれば良い、と思っていた。それは単なる、そういう答えだった。

人生の悩みは答えが無い。人それぞれ、とも言える?答えを出すことにも意味はあるかもしれない。過程こそが意味なのかもしれない。問題となるのは答えを作り出したり考え出したりした後に、考えることを辞めてしまうこと。

オーケー?今の結論。自分の考えの結論は正しくなく間違ってない。他人に強要しない、他人を否定しない。自分の考えの結論に疑問を持つ、悩みを持つ。人に力の差なんてものは存在しない。単に異なる。

絵が上手い人を羨望する、嫉妬する。自分の出来の悪さに苦悩する。上を見過ぎないでテキトーに進む。自分に甘くするのも辛くするのも、飽きちゃうでしょ。バランスが大事なんだよ。

何考えてたんだっけ?んー。まあとにかく人生なんでもアリってことだよ。生きる、死ぬ、自己否定、自信過剰、無我夢中になる、無我夢中になれない、好く、嫌う、好きか嫌いかも分からない、考えることすらも曖昧、それを悩む、解決する、見下す、見上げる。何でもやろう、何でもアリ、やってみなくちゃわからない、正しい、間違いはないんだから。殺人、詐欺とかこそがもしかしたら俺の生きる道なのかもしれない。法律には触れるかもしれないけど。それはただ単に現時点での法律に触れちゃった、というだけのこと。仕方ない。よく言うでしょ、やらないで後悔するよりはやって後悔する方が良い。逆だっけ?まあ良い。何でも良い!どうでも良い!フレーっ!フレーっ!あーたーしーっ!(by フェイ)